【JAPiCO】 一般社団法人 日本個人情報管理協会



第24回 国民総背番号制度

かつて何度か浮上しては消えた「国民総背番号制」と「マイナンバー制度」とはどこが違うのか。同じものではないのか。年配者の方からは、よく聞かれる質問である。

回答は「イエス」であり、「ノー」である。

なぜ、あいまいになるかと言えば、「国民総背番号制」というのは、制度に反対する側が否定的意味を込めて使っているので、本来の意味とは違って独り歩きしている。「マイナンバー制度」は、そうした批判を受けて、疑念を排除する措置をいろいろ講じて制度設計をしている。この観点からすると、「同じものではない」という答えになる。

今回の「マイナンバー制度」に対して反対する側からすると、銀行の個人口座の出入りを把握できる、という一点を見ても同じものだと主張するだろう。その他の改良点など、評価するには当たらない。

この論争は本質的に「政府を信じるか」「信じないか」という問題点に帰着する。「個人情報」を絶対不可侵の根源的権利とするプライバシーに対する原理的な価値を置くグループがある。この観点からすれば、個人情報を政府が集めるという行為はどんな些細なことでも人権侵害そのものである。「憲法が保証する人権」を侵す、と反対する。政府に成り代わって民間が行うことも同様である。

しかし、「人権」は絶対不可侵のものではない。ここで意見が分かれる。人権に制限が加えられるのは「公益」との関係だ。「公共の利益」と衝突するときには、人権も相対的な価値になる。「マイナンバー制度」を推進する側は、現在の「公益」について、徴税の公平、年金支給の公正、マネーロンダリング防止の国際協調、さらに、電子行政による行政の効率化、国民の利便性向上など、国民大多数が受けるはずの利益を挙げている。

電子行政が進展する海外の社会改革の進展を調べると、それに比べて日本の現状は20年近く、差を開けられてしまった。失われた利益は国際的状況を知らなければ実感できない。
国内で生じた非効率は国力の低下の原因になって、経済停滞を長引かせる結果を生んでいる。「人権」を守ることは重要だが、ある状況に来ると「公益」とのバランスも必要になる。バランスを壊すほどの過度な保護は、他人の生存権や幸福になる権利という人権を侵すことになる。実は「公益」とは、他人の「人権」の複雑な集合体である。「人権」が相対的というのはそういうことで、実は「人権」と「人権」の衝突である。

極端なケースでは、「自分の人権は絶対的」と主張することは、他人の人権を排除するという行為以外の何物でもない、という結果につながる。「基本的人権は侵すべきでない」という主張は、一見、神聖なものにみえるが、見方によっては個人的な「自己主張」の発露でしかない、とも言える。

「国民総背番号制」の歴史はとん挫の連続だった。しかし、よく観察すると、その議論の歴史は、人権を基本原理にする「個人情報は侵すべからざる基本的人権」というグループの抵抗によってとん挫したわけではないことが分かる。

最初に議論が起きたのは80年代、税務当局が主導した「グリーンカード」である。国民に納税番号をつけて、支払い側からのデータを基に収入状況を捕捉して、「脱税」を防ぐというものだった。

この制度の最大の抵抗者はそれまで収入が捕捉されていなかった農業者や中小企業経営者、自営業者などで、隠然たる抵抗が拡がっていた。しかし、表に立って世論にグリーンカード中止を働きかけたのは、「個人情報を政府に握られる危険」を訴える「人権派」だった。隠然と抵抗してきたグループは、この動きを利用して「総背番号制」反対を錦の御旗にグリーンカード中止に成功した。

住民基本台帳ネットワークが次の山だった。2000年代初め、大議論となった。これは行政を効率化して無駄をなくし、国民の便益を向上させる電子行政を推進する基盤として住基ネットを構築しようとしたものである。これを「国民総背番号制」の復活として、基本的人権侵害反対の大合唱にあって壁にぶつかった。結局、譲歩を重ね、行政に横串を通して効率化する情報システム構築という目的は達成できなかった。

そして、その批判を克服するために、あちこちに防護措置を配することを考慮して進めているのが「マイナンバー制度」である。4月初めにパブリックコメントの投稿を終了して、最終的な制度ができる。行政側は、そういわれると、過去の反対運動の槍玉に上がったイメージを嫌うが、基本的な考えは、人権に配慮した「国民総背番号制」である。

しかし、「同じものである」とも「違うものでもある」と言えるくらいに、本質的には異なる性格を持っている。


【筆者=JAPiCO理事長 中島洋】
*本コラムは、個人情報管理士、認証企業・団体サポートの一環として配信されている「JAPiCO」メールマガジンからの抜粋です。
*Japan Foundation for Private Information Conservation Organization