第41回 万引き犯の画像、映像の公開
「万引き犯」の顔写真の店舗内の公開について、以前にも、問題が生じたことがある。この際には店側の処置は、現行犯で捕えた万引き犯の顔写真を撮影、1万円の罰金を支払わなければ、顔写真を店内に掲示するというものである。店内には《当店で万引き等の行為を発見・確認した場合、警察には通報せず、犯人の顔写真を撮影し、店頭に貼らせていただきます(無期限)》という警告文が張り出されている。
インターネットへのオープンな公開ではなく、店内での限られた場所での開示である。しかし、この時点でも万引き映像のインターネットへの公開と同様の議論がなされていた。
つまり、こうした顔写真の公開は「プライバシー権の侵害」「名誉棄損」に相当するので、店側は訴訟リスクを負うことになる、という指摘である。実際には、万引き犯が訴訟を起こすという事態は考えにくいが、この店は商業施設の中にあって、「訴訟を起こされれば商業施設全体のイメージダウンになって近隣の店舗の営業上の障害にならないか」という声は無視できない。
また、こうした行為は「私的制裁(リンチ)」に当たる、という批判もある。万引きのような犯罪は警察が引き取って「公権力」で処罰するのが法治国家の仕組みである。被害者が加害者を「人権侵害」のような形で私的に処罰することは許されていない、というのである。
万引き被害にあった店側が、こうした強硬策に出ているのも、警察に被害届を出しても万引き被害がちっとも減らない、という不満がある。警察は万引き事犯に必ずしも熱心ではない、という不信感である。被害額が大きくないので、警察も微罪として処置には寛大である。結局、店側は調書を取られたり、取り調べに立ち会ったりで時間を取られて、警察に届けただけ、さらに営業上の損失が拡がる。万引き犯が発表されることもないので、万引きをしてしまう犯人にも、万引きが発覚することによって、どのような罰が科せられるかの認識も広がらない。
要するに、万引きについて、警察は店側が期待するような対応をしてくれない、という結論である。
弁護士によっては、こういう情状を配慮して、仮に「名誉棄損」や「肖像権侵害」で万引き犯側が訴訟に訴えても、裁判所の店側にそれほど厳しい判断は下さない、あるいは検察が取り上げないのではないか、と見る向きもある。
しかし、店側に訴訟を受けるリスクは残る。さらに、店舗に顔写真を掲示する、というのが「脅迫」に当たる、というリスクもある。名誉棄損や肖像権の侵害というのは、侵害されたと思うものが訴える「親告罪」であるのに対し、「脅迫罪」は親告罪ではない。警察などが脅迫と判断すれば、刑事事件にできる。それはそうだろう。暴力団から脅迫されているが、本人が訴えなければ脅迫罪が成立しないというなら、暴力団が訴えを取り下げるように脅迫して取り下げさせる、ということになりかねない。実際には、「店の罰金を払わない万引き犯の顔写真を店内に掲示する」、というのが、どの程度の悪質性があるか、情状を配慮すれば立件は難しいという意見もある。しかし、そのリスクを抱えることだけは確かだろう。
現在の法治国家の社会秩序では、私的制裁を厳しく制限している。被害を受けた者は、警察や裁判所に届け出て判断を仰ぎ、法に基づいて加害者を処罰する仕組みである。私的制裁を認めると、あちらこちらで暴力や名誉棄損、人格権の侵害を伴う事件が頻発して社会秩序を維持できなくなる。国民は法と正義の下に被害者が救済され、損害が回復することを期待して私的制裁の権利を国家に預けた。
しかし、実態は、必ずしも、警察や裁判が正義の下に直ちに被害者の損害を回復し、加害者を処罰してくれるか、というと、期待外れのことが多い。ストーカー殺人などは警察が的確に動いてくれない実例だが、万引き事件に対する警察の機能など、国家に預けた「私的制裁の権利」を返上してもらいたい、と思うのが店側の叫びなのだろう。
では、こんな状況を社会の各所ではどう対処しているのか。
最も典型的なのは、自分の被害はお金を使って守る、ということで、ここで警備保障会社が生まれた理由がある。警備保障会社にお金を払う代わりに、国に税金を納めて安全を確保してもらうはずだったのが、二重に税金を取られるようで腑に落ちないが、ストーカー被害などは、警察に届けるとともに、警備保障会社に依頼して守ってもらうのが良さそうである。ただし、お金がかかるので、誰にでもできる話ではない。
万引き被害にあう小売店でも、警備保障会社に依頼して、専門的に事案を処理しているケースも多いようだ。もちろん、薄利で商売をしている小売店にはその負担も耐え難いだろうが、「被害者」の権利も、「加害者」の権利と同等、とする日本社会では、個人情報も含めて「加害者」の人権を侵害しない配慮が必要である。
【筆者=JAPiCO理事長 中島洋】
*本コラムは、個人情報管理士、認証企業・団体サポートの一環として配信されている「JAPiCO」メールマガジンからの抜粋です。
*Japan Foundation for Private Information Conservation Organization
インターネットへのオープンな公開ではなく、店内での限られた場所での開示である。しかし、この時点でも万引き映像のインターネットへの公開と同様の議論がなされていた。
つまり、こうした顔写真の公開は「プライバシー権の侵害」「名誉棄損」に相当するので、店側は訴訟リスクを負うことになる、という指摘である。実際には、万引き犯が訴訟を起こすという事態は考えにくいが、この店は商業施設の中にあって、「訴訟を起こされれば商業施設全体のイメージダウンになって近隣の店舗の営業上の障害にならないか」という声は無視できない。
また、こうした行為は「私的制裁(リンチ)」に当たる、という批判もある。万引きのような犯罪は警察が引き取って「公権力」で処罰するのが法治国家の仕組みである。被害者が加害者を「人権侵害」のような形で私的に処罰することは許されていない、というのである。
万引き被害にあった店側が、こうした強硬策に出ているのも、警察に被害届を出しても万引き被害がちっとも減らない、という不満がある。警察は万引き事犯に必ずしも熱心ではない、という不信感である。被害額が大きくないので、警察も微罪として処置には寛大である。結局、店側は調書を取られたり、取り調べに立ち会ったりで時間を取られて、警察に届けただけ、さらに営業上の損失が拡がる。万引き犯が発表されることもないので、万引きをしてしまう犯人にも、万引きが発覚することによって、どのような罰が科せられるかの認識も広がらない。
要するに、万引きについて、警察は店側が期待するような対応をしてくれない、という結論である。
弁護士によっては、こういう情状を配慮して、仮に「名誉棄損」や「肖像権侵害」で万引き犯側が訴訟に訴えても、裁判所の店側にそれほど厳しい判断は下さない、あるいは検察が取り上げないのではないか、と見る向きもある。
しかし、店側に訴訟を受けるリスクは残る。さらに、店舗に顔写真を掲示する、というのが「脅迫」に当たる、というリスクもある。名誉棄損や肖像権の侵害というのは、侵害されたと思うものが訴える「親告罪」であるのに対し、「脅迫罪」は親告罪ではない。警察などが脅迫と判断すれば、刑事事件にできる。それはそうだろう。暴力団から脅迫されているが、本人が訴えなければ脅迫罪が成立しないというなら、暴力団が訴えを取り下げるように脅迫して取り下げさせる、ということになりかねない。実際には、「店の罰金を払わない万引き犯の顔写真を店内に掲示する」、というのが、どの程度の悪質性があるか、情状を配慮すれば立件は難しいという意見もある。しかし、そのリスクを抱えることだけは確かだろう。
現在の法治国家の社会秩序では、私的制裁を厳しく制限している。被害を受けた者は、警察や裁判所に届け出て判断を仰ぎ、法に基づいて加害者を処罰する仕組みである。私的制裁を認めると、あちらこちらで暴力や名誉棄損、人格権の侵害を伴う事件が頻発して社会秩序を維持できなくなる。国民は法と正義の下に被害者が救済され、損害が回復することを期待して私的制裁の権利を国家に預けた。
しかし、実態は、必ずしも、警察や裁判が正義の下に直ちに被害者の損害を回復し、加害者を処罰してくれるか、というと、期待外れのことが多い。ストーカー殺人などは警察が的確に動いてくれない実例だが、万引き事件に対する警察の機能など、国家に預けた「私的制裁の権利」を返上してもらいたい、と思うのが店側の叫びなのだろう。
では、こんな状況を社会の各所ではどう対処しているのか。
最も典型的なのは、自分の被害はお金を使って守る、ということで、ここで警備保障会社が生まれた理由がある。警備保障会社にお金を払う代わりに、国に税金を納めて安全を確保してもらうはずだったのが、二重に税金を取られるようで腑に落ちないが、ストーカー被害などは、警察に届けるとともに、警備保障会社に依頼して守ってもらうのが良さそうである。ただし、お金がかかるので、誰にでもできる話ではない。
万引き被害にあう小売店でも、警備保障会社に依頼して、専門的に事案を処理しているケースも多いようだ。もちろん、薄利で商売をしている小売店にはその負担も耐え難いだろうが、「被害者」の権利も、「加害者」の権利と同等、とする日本社会では、個人情報も含めて「加害者」の人権を侵害しない配慮が必要である。
【筆者=JAPiCO理事長 中島洋】
*本コラムは、個人情報管理士、認証企業・団体サポートの一環として配信されている「JAPiCO」メールマガジンからの抜粋です。
*Japan Foundation for Private Information Conservation Organization